筆者:パセリ端之助![]()
休日、パセリは動物園を訪れていた。
園内は朝から家族連れでにぎわい、入口近くでは、どの動物から見に行くか楽しそうに話す声が聞こえてくる。
この動物園を訪れるのは、これが初めてではない。何度も来ているうちに、園内にはいつの間にかお気に入りの場所もいくつかできていた。
この日も、いつもと変わらない休日になるはずだった。
今日も気づいてもらえません

パセリはチケット売り場の列に並んでいた。しばらくして順番が来ると、財布から料金を取り出して窓口へ差し出した。
「大人一枚お願いします」
ところが、係員の視線はパセリを通り越し、後ろに並んでいたカップルへ向いた。
「次の方どうぞー!」
「……あの」

カップルが前へ出てきた。
「大人二枚お願いします」
「はい! 大人二枚ですね」
パセリは窓口の邪魔にならないよう、少し横へずれた。

やがて家族連れがチケットを受け取り、その場を離れた。ようやく空いた窓口の前へ、もう一度戻った。
「すみません。大人一枚――」
「次の方どうぞー!」
今度は後ろに並んでいた家族連れが前へ出てきた。
パセリは黙って、また横へずれた。

「……今日もダメですね」
どうやらチケットは買えそうにない。
だからといって、そのまま入園する勇気もない。
大人一人分の料金を、窓口の端にそっと置いた。

「……ここに置いておきますね」
返事はない。

少しだけその場にとどまってから、パセリは入園ゲートへ向かった。
今日も静かでいいですね

園内に入ると、パンダの食事を見ようと、多くの人が同じ方向へ歩いていた。
「もうすぐごはんだって!」
「早く行こう!」
親子連れが足早に通り過ぎていくなか、パセリは園内の奥へ進んでいった。
途中、ライオンの前には人だかりができていた。少し先のゾウの展示場からも、子どもたちの歓声が聞こえてくる。

奥へ進むにつれて人の姿は少しずつ減り、にぎやかだった声も遠ざかっていった。
やがて、いつもの場所が見えてきた。
「……今日も静かでいいですね」
パセリが最初に向かったのは、アグーチさんの展示スペースだった。
「こんにちは、アグーチさん」
アグーチさんは何かを食べている。

「今日も食べてますね」
しばらくその様子を眺めてから、ケープハイラックスさんのところへ。
ケープハイラックスさんは岩の上で、ずいぶん偉そうに座っていた。
「こんにちは、ケープハイラックスさん」
今日も高いところからこちらを見ている。

「……今日も偉そうですね」
パセリは少し笑った。
ビントロングさんは、今日も木の上で横になっている。
「こんにちは、ビントロングさん」
動く気配はない。

「……今日は起きる予定ありますか?」
ひと通り挨拶を終えると、近くのベンチに腰を下ろした。遠くのにぎわいをかすかに感じながら、いつもの三匹をぼんやり眺める。
パセリはこの時間が好きだった。

しばらくすると、アグーチさんがこちらへ近づいてきた。
そのまま、じっとパセリを見ている。
「……僕だって分かるんですかね」
答えはない。
それでもパセリは、少し嬉しかった。
健康診断……ですよね?
そこへ、作業着姿の人物が台車を押してやってきた。台車には、いくつかの大きなケースが載っている。
作業着姿の人物はアグーチさんの展示スペースへ入り、ケースをひとつ地面に置いた。

「健康診断ですかね、アグーチさん」
さっきまで何かを食べていたアグーチさんが抱き上げられ、ケースの中へ入れられた。
アグーチさんをケースへ入れると、ケープハイラックスさんのところへ向かった。

「……ケープハイラックスさんも?」
岩の上で偉そうにしていたケープハイラックスさんも抱き上げられ、別のケースへ入れられていった。
作業着姿の人物はケースを台車に載せると、今度はビントロングさんのところへ進んでいった。
「……ビントロングさんもですか?」
木の上で寝ていたビントロングさんまで抱き上げられた。
パセリはベンチから立ち上がった。

「あの……」
最後のケースが台車に載せられ、作業着姿の人物は来た道を戻り始めた。
「すみません」
少し近づき、声を大きくした。
「その子たち、どこに連れていくんですか?」

作業着姿の人物が振り返った。
「……うわ。いたのか」
「いました」
「いつから?」
「いました、ずっといました」
作業着姿の人物は再び台車を押し始めた。
「あの、待ってください」
誰か、気づいて!

パセリは台車のあとを追った。作業着姿の人物は足を止める気配もなく、出口の方へ進んでいく。
「すみません! 誰か!」
声を上げながら周りを見ても、近くを歩いている人たちは、誰も足を止めない。
「動物が連れていかれてるんです!」
誰も振り向かない。
もう一度声をかけようとした、そのとき。
少し離れたところから声が上がった。
「パンダ出てきた!」
近くにいた人たちが一斉にパンダの方へ向かっていった。
パセリは人の流れに逆らいながら、飼育員の姿を探した。少し先に見つけると、急いで駆け寄った。

「すみません! あの人が、アグーチさんたちを連れていってるんです!」
「え?」
「あの台車です!」

遠ざかる台車を指さすと、飼育員もそちらを見た。
「……ちょっと待ってください」
飼育員が出口の方へ走り出し、パセリもそのあとを追った。
けれど、台車の姿はもう見えなかった。
いつものベンチ
パセリは飼育員と一緒に、三匹のいた場所へ戻った。
飼育員はアグーチさんの展示スペースをのぞき込み、続けてケープハイラックスさんとビントロングさんのところも確認した。
三匹ともいないことがわかると、近くにいた別の飼育員を呼んだ。
「ちょっと来て!」
別の飼育員が駆け寄ってくる。二人は何か話しながら、それぞれの展示スペースをもう一度確認していた。
何かを食べていたアグーチさんも、岩の上で偉そうにしていたケープハイラックスさんも、木の上で眠っていたビントロングさんも、もうそこにはいなかった。

パンダを見てきた親子が、パセリの近くを通り過ぎていく。
「かわいかったね」
「また来ようね!」
そんな姿を横目に、パセリはいつものベンチに腰を下ろした。

しばらく、三匹のいなくなった場所を見ていた。
あんなに人がいたのに。
「……誰も見てなかったんですね」

(文:そこにゅ編集部 パセリ端之介)
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